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生きてるって素晴らしい

KinKiヲタでトラトリスト

高台家の人々

映画

高台家の人々』の映画を観てきた。
原作の漫画は表紙見たことあるなーぐらいの、ちょっと惹かれてはいたけど、手に取ることもなく。
テレビで流れる予告と、ブンブブーンに斉藤工さんが出て好感度上がり、映画の斉藤さんが好みっぽいな、と思ったので綾野さんの映画ではなく、高台家の人々を選んだ。
(私はキャラ萌えので、日悪の綾野さんは微妙なのだ…ごめんなさい)

パンフも映画を観てから買おうか決めるので、予備知識は予告の内容だけ。

21時開始のナイトシアターなので、人は少なめ。
両隣も居なくて、広々見れそうだな、と思いながら。


始まって早々、木絵ちゃんの妄想と塚地さんの変装がバカバカしすぎて笑えた。
あまり声を出しては笑えないので、抑えるのが大変だったが…おじさんがすごい笑ってて、つられる。
周りの他の人も結構笑ってた。
これは良い空間のやつ、見やすいパターン。

いやーもうほんと、妄想がバカバカしい。
面白すぎる。

斉藤工さん演じる、高台光正。
黒髪碧眼なんだけど、碧眼が思ったより目立たなくて…私の目の青認識が正常であれば、グレーがかった青みたいな。
もっと青っぽくて良かったんじゃないかなーと思った。
唯一もったいないなーと思ったとこ。
三兄弟、みんなもっと青くて良かったよ、似合ったよ、きっと。
水原希子ちゃんの、いつものモデルオーラがなくて、美人だけど根っこは気が弱い臆病感が出ていて、すごいなーと思った。あの雰囲気すごい。

木絵ちゃんのバカバカしい妄想がツボで、もっと知りたいと思った光正は彼女に声をかける。
名前を知ってるくだりの平野の表し方がもう、平凡の平に野グソの野…むり!おなかいたい!笑

お家に招かれ、妹と弟を紹介されればヴアンパイアの妄想が始まる。むり!おなかいたい!笑


高台家の人々は、人間が出来ている。
他人と付き合うのが苦手になるのは仕方ない。
人の本音が聞こえてしまうというのは、いいことばかりでは当然ない。
本音と建前っていうやつ。
人間関係をスムーズに構築していく為には必要なことだ。
嫌いな人とでもやっていかなくてはいけない時もある。
人間社会の中で生きていく為には。
善と悪が同居していることを理解して、自分のなかにも当然あると認識している。ちゃんと。
それでもやっぱり、聞きたくはないだろう。
黒い、ドロドロしたところ、いやなところ。
(高台家の人々が羨ましがられるような家柄や立場、容姿であることは救いだ、まだ)

光正は慎重、茂子は臆病、和正は少し意地悪。
多少の歪みと和正は言うけど、よくまぁ、ちゃんと育ってるな、と思う。
ハッピー人間のカズオ。ズケズケ言うけど表裏のない由布子さん、テレパスのおばあちゃん、奇跡の人、茂正。
兄弟3人ともにその力があった事と周りの人が素敵だったから。
おばあちゃんが素敵な人で3人に影響を与えているけど、大元はおじいちゃんの茂正だと思う。
心が読まれても、一緒にいられる、それを普通にやっていた、テレパスではない普通の人。
でも、心は一番綺麗で強い。
そのおじいちゃんがいたからこそ、おばあちゃんがいて、今の高台家に繋がっている。
茂正、ほんとに男前。
誰よりも男前、と私は思う。

その遺伝を受け継いだ孫達。
長男光正が見つけたのは、バカバカしい妄想をする木絵ちゃん。
バカバカしいのは、優しいのだ。
腹が立ったり、憎んだりする前に、バカバカしい妄想に変えてしまう、と気づける光正も素敵だ。
そしてそのバカバカしいのがツボというのも光正の容姿に反してて面白い。
いやでも、木絵ちゃんの妄想は本当に面白い。

今まで誰かの心の中を覗きたいと思ったことはない、木絵だけだ

というこの言葉に、もう運命を感じるよね。

聞こえてしまうその能力を卑怯だと感じるその感覚が、いいな、と思う。
こそっと妄想を覗くのがストーカーみたいでよろしくないと思い、食事に誘う。
この食事のシーンは映画にしかない。
出し巻き卵のやつ。
でも、その店の雰囲気に、料理の雰囲気に出し巻き卵が似合わない…が似合わないから木絵ちゃんはやめたのかな…。
ちょこちょこ光正は木絵に対して、思考を読んでますよ、というサインのような言葉を投げかける。
いずれはテレパスだということを言ってしまって受け入れて欲しいな、ということの現れなのかなー。

漫画の方がサクサク話が進む。
映画は木絵側に結構重心をおいて進む。
主演が綾瀬はるかさんだからな。
個人的には光正が好きだから、テレパスの王子様が妄想女子に恋をした、の光正に重心を置く方が良かったのではないか…と思うけど、東宝的には木絵を主演にしたかったのだな、と。
映画は約2時間という制限があるから、どこを大事なシーンにするか、によって変わってくる。
見せ場もね。
撮影は一年ぐらい前のはずだから、原作の5巻の結婚式にいたるまでは分からなかったはずだから、あーいう悩んで式場から飛び出しちゃったバージョンもまぁ仕方ないよな、と。

離れていこうとする木絵の心に、

待って!

と聞こえないのに止めようとする光正が切なすぎた…。

私には光正さんを幸せに出来ない。

光正が木絵の何に救われているのか、2人には話し合いが足りなかったのだとも思う…開き直るために。
でも、話し合う前に、木絵が心を閉じちゃったから無理なんだけど…。
そう思うと原作の木絵は相当すごい。
本当に優しくて強い人だ。
ひとりで、光正を想い、茂正と同じ答えを出した人。

映画に戻る。
実際あったらもう平野家は普通になんて暮らせないはずだけど、光正が木絵を訴えるはずなどないし、受け入れられなくても仕方ないと思っちゃうだろうし…でもやっぱり悲しくて立ち直れはしない。
木絵はうじうじ…。
空港に行けよ!と全力で思ったけどな(笑)
チャリより車だろ!と心でツッコミながら見たけど、その前に留守電聞いてなかったんだな…と。
空港で来ないことに、光正はまた凹んだんだろうなぁ…と悲しかった…。

人は、余裕がなくなると自分しか見えなくなる。
自分が悲しいのしか、自分がつらいのしか、自分が苦しいのしかわからなくなる。
その向かい側にいる相手も苦しんでいるかもしれないことを考えないし、そのつらさが優しさかもしれないことにも気づけない。
そういうものだ。
だから後悔する、私はそうだ。そういうタイプだ。
直したい…。

映画の木絵にはアンから手紙が届く。
そこで茂正のことを知る。

何故この美しい人は自分のことが好きなのだろう。

茂正が生涯考え続けていたこと。
アンと光正、そして茂子が相手を選んでいる理由は似ている。
相手の、心が好きなのだ。
それってたぶん、究極だな、と思った。
心が好きってことは、相手の考えが好き、思考回路、脳みそが好きってことだと思ってるんだけど…その人を構成しているそのものが好きなのだから、よほどのことがない限り揺るぎない。
まさに、運命の人なのではなかろうか、と。
光正たち、テレパスにとっては尚更。
普通の人にとっては相手の思考など部分的にしか分からないけど、テレパスには相手と一緒にいる間はずっと心が知れちゃうわけだから…恋人がテレパスならそれはもう究極に愛されてるってことだからな。
確かに心の中全部見えちゃうのは困るけど、それでも好きだと言ってくれるならいいかな、とも思う。
黒くて、変態で、バカでごめんなさいってなるけどね…。

しかしまぁ、しんどいだろうな、テレパス
そしてうるさそうだ。頭おかしくなりそう。

話を戻そう。
映画で特に好きだったシーンは…食事に誘うとこ、村人襲って死んでる。と言う光正…最後も可愛いかった。
「笑って許してくれますか?」と問いかけた木絵に、「もう今、笑えるよ」ってニコニコの光正。
もうほんとにね、心から好きで嬉しいだね!こっちも嬉しい!ってなる。
木絵が悩んで決断して…のくだりは原作の方が素敵だがな…真冬の通勤途中の道で、木絵が待っていることに気付いて幸せなる光正…あぁ、見たかった…。
実家に挨拶に行くのも見たかった!
あとあと!ビーフシチュー!!!
ビーフシチューは原作!絶対に原作!あれは原作!!!
dTVのドラマで最後にビーフシチューのやつは出てきたけど、まだ付き合う前に木絵の妄想を覗いたエピソードになってた…あんなに萌えるシーンなのに…。

やっぱり光正軸の話の方がうまく…うーん…。
いや、難しい…。

でも、面白かった。
原作買いに走るぐらい。盤が出たら買おうと思ってるぐらい。
続編みたいけど、やらないかなぁ…。
原作ファンがあんまりみたいだし…私は映画に原作の良いとこ勝手に結んで見ちゃうタイプなので。
ハウルとかそう。
映画好きだけど、原作読んでよりハウルが好きになり。
映画の限界の隙間を原作で埋める。多少辻褄が合わないとこもあるけど、それは仕方ない。

映画より連ドラ向きだったかなぁ…。
5巻が出たあとに脚本書いてたなら、また違っただろうになぁー。


でもまぁね、私にとっては当たりの映画でございました。